犬とのよりそイズム

”犬のしつけ”は必要か?

「しつけ」の定義

ウィキペディアによると、「しつけ」の定義は

しつけとは、人間社会・集団、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち居振る舞いができるように訓練すること。

とあります。「人間」を「犬」に置き換えてみると、

しつけとは、社会・集団、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち居振る舞いができるように訓練すること。

となります。しかし、これを人間が教えることは可能でしょうか?犬社会に関することを教えるのは犬にしかできません。では、これを「犬」という種を「人間」という種の社会に連れ込んだとしたらどうなるでしょう。

犬のしつけとは、人間社会・集団、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち居振る舞いができるように訓練すること。

となります。読んでみて、感じ方はそれぞれだと思いますが、私は、なんだかエゴイスティックな印象を受けてしまいました。他の動物に対してこんなことをする”動物”はいません。

人間だけが、自分たちのために環境を変える

人間以外の動物たちは、自分の体を環境に合わせてきたのに対し、人間だけが、環境を自分に合わせてきました。それによって、地球は今、危機的な状態にあるといわれているのは、ご存知の方もおおいのではないでしょうか。他の動物をどんどん絶滅させていく人間の存在は、母なる地球にとって有益な存在でありえるでしょうか?

そんなことを感じているので、私は犬に関して「しつけ」という言葉があまり好きではありません。なので、「犬のしつけ」ではなく「犬との幸せなつきあい方」という言葉を使うようにしています。しかし例外もあり、サイトを検索してもらうために、本を手にしてもらうために、わかりやすい「犬のしつけ」という表現を使うことはあります。ご理解いただけましたら幸いです。

犬に教えておきたい大切なこと

犬にお手、ハイタッチ、おまわり(スピン)ゴロンなどの芸を教える必要はありませんが、一緒に楽しめるなら、双方にとって良いことだと思います。一緒に幸せな人生、犬生を送るためには、他に教えておくといいことがあります。これは私個人の意見ですが、一番大切なのは

  1. オイデ(飼い主の近くに来る)です。次に
  2. マテ(その場でじっとする)です。
    それで十分かと思いますが、座ってもらえると便利なことも多いので、
  3. オスワリ

も教えておくと良いでしょう。フセもポピュラーですが、絶対に必要かというと、そんなことはないと、私は思っています。必ずできないと大きな支障があるかというと、そんなことはないと思うのです。もちろん、教えれば簡単にやってくれるようになりますので、やらせたい場合には、楽しく教えてあげると良いでしょう。

「水は答えを知っている」

水の結晶の話で、大変興味深いものがあります。世界で180万部を突破した、江本勝さんの著書「水は答えを知っている」には、水に言葉を見せたり、かけたりして、その水を凍らせて結晶を撮影する、ということに成功した結果について書かれています。

その結果の中に、「ありがとう」と声をかけた場合と、「ばかやろう」と声をかけた場合の画像が掲載されています。「ありがとう」は美しい結晶が見られるのに対し、「ばかやろう」は全く結晶になっていません。同じように、「しようね」と「しなさい」も、前者は結晶ができず、後者は美しい結晶ができます。言葉は、水にそうした影響を及ぼしているのです。そして、私たちの体、犬たちの体も、70%水でできているのです。

日本には「言霊」という言葉があるくらいですから、日本人の方が、この結果について理解しやすいのではないでしょうか。そして、私たちのそうなると、愛犬への言葉がけにおいて気になってくるのは、私だけではないはずです。

これは、遺伝子のスイッチ・オン、オフにも大いに影響があることと思います。(※「愛犬の遺伝子スイッチ・オン!?」を参照願います)

あなたは、愛犬にどんな言葉をかけていますか?

訓練所に勤務していた頃は、「オスワリ」と指示をすると先輩から叱られたものでした。「スワレ」と言わなければ、犬にバカにされるそうです(笑)犬は、その言葉がどの動作を意味するかなどはすぐに学習します。そして、その行動をした方がいいのか、しなくてもすむのか、あらゆる情報を参考にして行動しているだけです。学習理論を知れば、容易に理解できることかと思います。

なので、「オイデ」「マテ」「オスワリ」などのお願いも、言葉へ込める思いを気をつけたいものです。もちろん、危険を回避するときなどは緊急性によっては、言葉が鋭くなる事もあるかと思います。そういうときは、自然な会話に任せることが良いと思います。犬との関係性がきちんとできていれば、正しく伝わるはずです。この場合、愛犬との関係性とは、理性ではなく感性で作り上げる関係のことです。

信頼関係ができているから体罰してもいい!?

世の中には、信頼関係で結ばれているから体罰をしても良い、などといった信じがたい説があるようですが、それを聞いて思い出したのは、DVの被害者のみなさんに共通する言葉でした。「優しいときは優しいんです」そういって、暴力から逃れられない人がいるそうなのです。

感性で考えたら、信頼関係があるなら、暴力は必要ないことが理解できるはずです。いかなる動物に対しても、痛みや恐怖を使って相手をコントロールすることは、避けなければならない重要なことです。

愛情を持って日頃の世話をしたり、食事を与えたり、散歩に行くと、犬が飼い主を慕うという説もあるようですが、残念ながら、それらのことで犬が慕うことはありません。そもそも慕う、という表現も微妙です。信頼関係とはまた違うものかと、私は理解しています。

日頃の世話をしてくれる人は、日頃の世話をしてくれる人、食事を与えてくれる人は、食事を与えてくれる人、お散歩に連れていってくれる人は、お散歩に連れていってくれる人、と犬は学習するだけで、信頼関係はまた別で作っていく必要があります。信頼関係を作ることで大切なのは、アメリカンインディアンの教えから「Accept(受け入れること)」だと、私は思っています。

つまり、相手をありのまま受け入れることです。それは決して「言うことを聞いてくれるから「自分の理想どおりの犬だから」という条件付きのものではなく、その子がその子であること、それだけでいい、すべてを受け入れる、たとえこちらの都合が悪いことがあっても、すべてを受け入れること、なのです。

吠えたり、トイレを失敗したりしても、すべてを受け入れることです。受け入れることが不十分だったりすると、お別れのときに恐ろしいほどの後悔を、飼い主さんがしてしまうケースは、自分を含めてたくさん見てきました。だから私は、飼い主さんが愛犬を受け入れることをサポートしたいのです!

犬を甘やかすと、言うことを聞かなくなる?

「犬を甘やかすと言うことを聞かなくなる」という説もあるようですが、表現が曖昧すぎて、とても危険な考え方かと思います。そもそも、甘やかすとは、どういう行動に対してどうすることなのでしょうか?

これを飼い主さんに聞くと、すぐに答えられないことが多く驚きます。例えば、「オイデ」と言っても来ないから、そのままにしてしまう、ことを甘やかすと考えたとしましょう。しかし、事実は、犬からすると「オイデ」と言われて、そばに行かなくてはならない、飼い主はそばにくることを望んでいる、と理解したとしても、犬が行くメリットを理解しなければ、行くという行動をするモチベーションが上がらなければ、そばに行こうとはしないでしょう。そして、行かなかった場合、特に良いことも、悪いことも起きなければ、行かない、という選択するのは容易に考えられます。

あたりまえのことだと思うのですが、いかがでしょうか?それは、甘やかされているのでも、甘えているのでも、言うことを聞かないから反抗しているのでもありません。学習理論でシンプルに、行くメリットがないので行かない、それだけです。

そこには反抗も不服従もありません。「制御不能な犬」という表現をする人がいてとても驚いたのですが、犬は機械ではありません。「制御」という単語はふさわしくないと思うのは、私だけではないはずです。愛犬に対して「制御」という言葉を使う人は、彼らが命ある存在だと認めてないのでは?と感じます。そういう考え方をしない飼い主になりたいと、私は思います。

アイコンタクトに関する誤解

犬のしつけに関して、私が一番不自然で、誤解が多いと感じるのが「アイコンタクト」です。犬は、自分より優位の相手に対してアイコンタクトをする、じっと目を見つめる、という説もあるようですが、レッスン先で出会う犬たちは、私を怖がっているほど私の目を見て、動きを観察しています。目が合って、そのまま見続けていると、恐怖がどんどん増し、どんどん激しく吠えるようになってしまうので、怖がっているときはできるだけ目を合わせないようにします。

そうすると、やっとテーブルの下からへっぴり腰で私の足先の臭いをちょっとだけ嗅げたりするのです。彼らは、私を優位だと思っているのでしょうか???怖いから、私の目を見て、自分に対して危険が及ぶようなことをしないか探ろうとしている、実際に彼らのお宅へ伺って向き合ってきている私の経験からは、そうとしか感じられません。

愛犬と幸せに暮らしたいなら

愛犬と幸せに暮らしたいのならば、犬という種に対して尊敬を忘れずに、一体感で「犬はこういう動物」「普通はこうする」「こうあるべき」などは一切やめて、相手が何をしたいのか、よく観察して(犬は喋ってくれないので、人間に対する以上によく見てやることが大切です)、こちらの都合、固定観念で判断しないで、ありのまま、純真無垢な生き方から学ばせてもらう気持ちで、そばに存在するのが良いと思います。

それは、もしかして、人間同士にも言えるのかもしれません。

 

 

 

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Doggy Labo 代表 ナカニシ